エンジンルームがうっすらオイルで滲む|ブローバイとキャッチタンクの役割

走行会に何度か通った夏の終わり、エアクリーナーを交換しようとダクトを外しました。何気なく内側を覗いたら、白いはずの内壁が黒く湿っている。指で触ると、しっかりオイルの感触があります。エンジンルームに目を戻すと、ヘッドカバーからつながるホースの周りにも、うっすらと油の滲みが広がっていました。
「これは壊れているんですか」というご相談を、この時期にいただくことがあります。多くの場合、壊れてはいません。エンジンは設計上、燃焼室から漏れてくるガスをどこかへ逃がす必要があり、その逃がし先が吸気側だからです。ただ、その仕組みには「メーカーが想定した使い方の範囲」という前提があります。走行会でエンジンを高回転で回し続ける使い方は、その前提の外側に出ていることがある。今回はその話です。
この記事では、ブローバイガスとは何なのか、なぜ純正でも吸気側に戻しているのか、走行会で何が起きやすいのか、オイルキャッチタンクが受け持つ役割はどこまでなのか、容量と点検という運用の考え方、そして「付ければ速くなる」ではないという正直な効果の範囲までをお話しします。必要かどうかを、ご自身の使い方から判断していただくための記事です。
ブローバイガスとは何か——一言で言い換える
まず言葉から。エンジンの中では、ピストンがシリンダーの中を上下しています。ピストンの外周にはピストンリングがはまっていて、燃焼室の気密を保っています。ただし、金属の部品同士なので、完全に密閉することはできません。動くために、わずかな隙間が必要だからです。
その結果、燃焼室で燃えているガスの一部は、この隙間をすり抜けて、ピストンより下——エンジンオイルが溜まっているクランクケースという部屋——へ漏れていきます。この漏れたガスのことを、ブローバイガスと呼びます。ブローバイは「吹き抜け」という意味だと考えてください。
ブローバイガスの中身は、燃え残った混合気、燃焼でできた水分、そして通り道で巻き込んだエンジンオイルの細かい霧です。オイルの霧は「オイルミスト」と呼ばれます。エンジンルームに滲む油の正体は、たいていこれです。
そして重要なのは、このガスをどこかへ逃がさないといけないということです。クランクケースの中にガスが溜まり続ければ、そこの圧力が上がります。圧力が上がれば、オイルはシールやガスケットの弱いところから外へ押し出されます。オイル漏れの原因になるということです。だから、ブローバイガスの逃がし道は、エンジンにとって必須の設備です。
純正でも還流させている理由と、その前提
昔の車は、このガスをそのまま大気に放出していました。ホースを下に向けて垂らしておく、いわゆる大気開放です。しかしブローバイガスは燃え残りの混合気を含んでいますから、環境の面で問題になり、現在の車は放出せずに吸気側へ戻して、もう一度燃やす仕組みになっています。この仕組みを、頭文字を取ってPCVと呼びます。クランクケースの換気装置、という意味の言葉です。
ここで押さえておいてほしいことがあります。純正が「ただ戻しているだけ」ではない、ということです。
ガスをそのまま吸気に戻せば、含まれているオイルの霧も一緒に戻ります。それを避けるため、多くのエンジンにはオイルセパレーターと呼ばれる分離の仕組みが組み込まれています。ヘッドカバーの内側に迷路のような通路をつくって、ガスをぶつけながら通す。重いオイルの粒は壁に当たって落ち、軽い気体だけが先へ進む。落ちたオイルはエンジンに戻る。この分離の設計は、量産の開発でかなり時間をかけて詰められる部分です。
つまり、純正のままの車は「対策がない状態」ではありません。分離の機構は最初から入っています。ただし、それはメーカーが想定した使われ方——一般的な公道での走行——で足りるように設計されています。この「前提」が、この記事のいちばん大事な部分です。純正が悪いのではなく、前提の外に出たときに、前提の中で設計されたものが足りなくなる。それだけの話です。
走行会など高回転を使う人で起きやすいこと
では、前提の外側とは何でしょうか。サーキットや走行会では、次の3つが同時に起こります。
- ブローバイの量が増える。 高回転を使い続ければ、ピストンが往復する回数そのものが増えます。隙間をすり抜ける機会が増えるということです
- オイルが揺れる。 コーナリングの横方向の力、ブレーキングの前後の力で、クランクケースの中のオイルは片側へ寄ります。寄った先がブローバイの取り出し口の近くだと、気体だけでなくオイルそのものが吸い出されることがあります
- 油温が上がる。 温度が上がればオイルの粘りは下がり、霧になりやすくなります
この3つが重なると、純正の分離機構が想定していた量と状態を超えることがあります。すると、分離しきれなかったオイルが吸気側へ流れ込む。当店のオイルキャッチタンクの商品説明にも、ブローバイガスに含まれる水分やオイル成分が「エアフローセンサー、圧力センサー、サージタンク、スロットルバルブ、スパークプラグ、ピストンヘッドなどの重要な吸気部品に付着し、それらの正常な機能を妨げることがあります」と書いています。冒頭でダクトの内側が黒く湿っていたのは、その入口の光景です。
吸気の話としては、吸気の熱とフィルターまわりの話もあわせてお読みいただくと、エンジンが空気を吸い込む経路全体の見通しが立ちます。油温そのものの話はオイルクーラーを買う前にのほうで扱っています。
もうひとつ、サーキット特有の事情があります。大気開放にしたブローバイが路面に落ちると、コースを汚します。これは自分だけの問題ではなく、後ろを走る車にも関わります。走行会や競技の規則でキャッチタンクの装着が求められている場合がありますので、参加される走行会の主催者に事前にご確認ください。走行会で揃える装備の順番については走行会デビュー装備ガイドにまとめています。
キャッチタンクが受け持つのは、あくまで「途中で受ける」役割
ここが誤解されやすいところなので、はっきり書きます。
オイルキャッチタンクは、ブローバイガスの通り道に割り込ませる「途中の部屋」です。細いホースの中を勢いよく流れていたガスが、広い空間に入ると流れが遅くなります。遅くなると、ガスに運ばれていた重いオイルの粒は運ばれきれず、壁と底に落ちる。落ちたオイルはタンクの底に溜まり、気体だけが先へ進んで吸気に戻る。仕組みとしては、これだけです。
ですから、キャッチタンクはブローバイの発生を減らす装置ではありません。発生する量は、エンジンの状態と使い方で決まります。キャッチタンクができるのは、発生したものが吸気に戻る前に、途中で受け止めることだけです。ここを取り違えると、期待が外れます。
付ければ速くなる、ではない
正直に効果の範囲を書きます。キャッチタンクを付けて期待できるのは、吸気側の部品にオイルが付着していく速度を抑えることです。センサーやスロットルバルブが汚れにくくなれば、それらが本来の働きを保ちやすくなる。これは維持の話であって、性能を上乗せする話ではありません。付けた翌日にタイムが上がる部品ではないと考えてください。
そして、いちばん過小評価されている効果がもうひとつあります。エンジンの状態が見えるようになることです。商品説明にも「タンク内に収集されたオイルの量と状態を定期的に確認することで、ドライバーはエンジンの状態を監視し、潜在的な問題を早期に発見することができます」とあります。走行のたびに溜まる量が急に増えた、乳白色に濁ってきた、といった変化は、開けて見ないかぎり分かりません。キャッチタンクは、普段は蓋をされているエンジンの内側に、小さな覗き窓をつくる部品でもあります。
容量の考え方と、点検・排出という運用
当店のキャッチタンクは2種類です。
| 品番・商品名 | 容量 | アダプターサイズ | 素材 | 価格 |
|---|---|---|---|---|
| P03 オイルキャッチタンク 350ml | 350ml | 12mm | ビレットアルミニウム(精密加工) | ¥4,800 |
| P04 オイルキャッチタンク | — | 12mm | ビレットアルミニウム(精密加工) | ¥4,800 |
容量の考え方についてですが、「何mlあれば足りるか」を先に決めることはできません。溜まる量は、エンジンの状態、走行時間、回し方でまったく変わるからです。ですから、順番はこうなります。まず付ける。1回目の走行が終わったら、必ず開けて量を見る。 それが自分の車と自分の走り方における実測値になります。そこから、走行何本ごとに抜けばよいかが決まります。
点検と排出について、大事なことをいくつか。
- 溜まったものはエンジンに戻さない。 中身はオイルだけでなく、水分と燃え残りが混ざったものです。廃油として適切に処理してください
- 色を見る。 乳白色に濁っているのは水分が混じっている状態です。短距離ばかりの走行や寒い時期には出やすくなります
- 量の変化を見る。 絶対量より、前回との差が情報になります。急に増えたら、それは何かのお知らせです
- タンクを満杯にしない。 溜まりきると、受ける役目が果たせなくなります
- 頻度の目安。 走行会に行くなら毎回。街乗り中心ならオイル交換のたびに、といった運用が現実的です
取り付けについても触れておきます。当店のキャッチタンクのアダプターサイズは12mmです。既存のブローバイのホース経路に割り込ませる形になりますが、ホースの径も経路の取り回しも車によって違います。取り付け位置の確保や固定方法も含めて、車種ごとの検討が必要です。熱源から逃がす・潰さない・垂らさないという這わせ方の原則はキャッチタンクのホースをどう這わせるかにまとめました。ご自身での作業に不安があれば、整備工場にご相談ください。また、純正の還流経路を切って大気開放にすることは、規制と競技規則の両面で問題になり得ますので、還流の経路を残す形で入れるのが基本の考え方です。
ついでに見ておきたい、隣のタンク
キャッチタンクを付けると、エンジンルームにアルミの部品がひとつ増えます。せっかく蓋を開けるなら、同じ「熱と液体を扱うタンク」であるクーラントのリザーバータンクも一緒に見ておくと効率がいい。純正の樹脂タンクは、熱と紫外線を長年浴びて曇り、内側の水位が見えにくくなっていることがあります。当店のP06 クーラントタンク(¥6,800)は容量800ml、ジョイントサイズ10mmのアルミ製で、内部にアノダイック電解被膜、外部にウレタン塗装を施しています。こちらも汎用品ですので、取り付けには車種に応じた検討が必要です。ラインアップはパフォーマンスのコレクションにまとめています。
よくある質問
Q. 街乗りしかしません。それでも必要ですか
メーカーが想定した使い方の範囲であれば、純正の分離機構で足りるように設計されています。その意味では、街乗り中心の車で必ず必要になるものではありません。ただし、距離を走った車、短距離の運転が多い車、年式の古い車では事情が変わることがあります。エンジンルームの油の滲みや吸気の汚れが実際に気になっているのであれば、まずその原因がブローバイなのかどうかを整備工場で見てもらうところから始めてください。
Q. 大気開放にしてもいいですか
還流の経路を残す形で入れるのが基本の考え方です。純正の経路を切って大気に放出することは、規制の面でも、走行会や競技の規則の面でも問題になり得ます。競技で使う場合は、参加されるカテゴリーの規則書と主催者に必ずご確認ください。
Q. 溜まったオイルは、エンジンに戻せますか
戻さないでください。水分と燃え残りが混ざっており、エンジンオイルとして使える状態ではありません。廃油として適切に処理してください。
Q. どのくらいで溜まりますか
車と使い方で大きく変わるため、事前にお答えすることができません。1回目の走行のあとに必ず開けて、量と色を確認してください。その数字が、ご自身の車における目安になります。
Q. 付ければパワーが上がりますか
上がりません。キャッチタンクは、吸気側の部品が汚れていく速度を抑え、エンジンの状態を見えるようにする部品です。性能を上乗せするものではないので、そのつもりでご検討ください。
まとめ:自分の使い方で必要かを決める
ブローバイガスは、エンジンが動いている以上、必ず出るものです。純正はそれを吸気側に戻す設計で、途中に分離の機構も持っています。問題が出るのは、その設計が想定した前提の外側に、自分の使い方が出たときです。
- ブローバイガスは、燃焼室から隙間をすり抜けてクランクケースに漏れるガス。逃がし道は必須の設備
- 現在の車は大気に放出せず、吸気側へ戻して再び燃やす。純正にも分離の機構がある
- ただしそれは、メーカーが想定した使い方で足りるように設計されている
- 走行会では、量が増える・オイルが揺れる・油温が上がるの3つが同時に起こる
- キャッチタンクは「発生を減らす」のではなく「戻る前に受ける」部品
- 効果は、吸気側が汚れる速度を抑えることと、エンジンの状態が見えるようになること。速くはならない
- 容量は先に決められない。まず付けて、1回目の走行後に開けて量を見る
- 溜まったものは戻さず廃油として処理する。色の濁りと量の変化を毎回記録する
- 取り付けはホース経路と固定の検討が要る。大気開放にはしない。競技なら規則を確認する
「付ければ良くなるらしい」で買う部品ではありません。自分がエンジンをどう使っているか、そのうえで吸気側の汚れが実際に起きているか。その2つを確かめてから決めていただくのが、いちばん納得のいく買い方だと思います。
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