試作は、机ではなく通勤路で決まる|3人が自分の車で数か月使うという検証

小さなブランドの商品ページを見ていると、ときどき不安になることがあります。この部品は、どうやって「よし、これで出そう」と決まったのだろうか。大きな会社なら試験設備があり、評価の基準があり、判定する部署がある。三人でやっている店には、そのどれもありません。
実際、私たちには試験室がありません。専用の測定装置もありません。あるのは、削り出せる環境と、三人の手と、それぞれの通勤に使っている自分の車だけです。それでも、出すか出さないかは毎回きちんと分かれます。判断しているのは、机の上ではなく、通勤路です。
この記事では、私たちが試作をどう評価しているかを、そのまま書きます。削り上がったその日に自分の車に付けて帰ること。会議室で握った評価と一週間後の評価が必ずずれること。見ているのが性能ではなく「飽きと違和感が出る場所」だということ。三人という人数の少なさを、どう使っているか。却下の理由になりやすいこと。そして、この工程があるせいで発売が遅くなると分かっていて、それでも縮めない理由まで。
削り上がった試作は、その日のうちに自分の車に付けて帰る
手順はごく単純です。データを直して削り、削り上がったものを持って駐車場へ行き、自分の車の純正ノブと入れ替えて、そのまま帰ります。工場で握って良し悪しを言い合う時間は、ほとんど取りません。
これは効率のためではなく、判断を誤らないためです。削り上がった直後の部品を工場の中で握ると、たいてい良く感じます。自分たちが数日かけて詰めたものが形になって出てきた直後なので、良く感じないほうがおかしい。その状態で下した評価は、当てになりません。
だから、評価は日常に持ち込みます。信号で止まって、また出て、駐車場で切り返して、翌朝また乗る。その繰り返しの中でしか出てこない情報があります。
付けたら、しばらく外しません。三日で戻してしまうと、比較のための記憶が新しすぎて役に立たないからです。最低でも数週間、できれば季節がひとつ変わるまで。金属も木も、夏と冬では手に伝わる温度がまったく違います。寒い朝に握った金属の冷たさは、真夏に評価しているかぎり絶対に出てきません。
会議室で握った評価と、一週間後の評価は必ずずれる
これは、量産車の開発でも同じでした。内装部品の触感評価では、初回の評価と、しばらく使ったあとの評価が入れ替わることが珍しくありません。しかも、入れ替わり方には傾向があります。
| 評価の時点 | 目立つもの | 見落とすもの |
|---|---|---|
| 握った初日 | 新しさ、質感の派手さ、形の面白さ | 小さな引っ掛かり、手の位置の落ち着かなさ |
| 数日後 | 触るたびに気になる場所 | まだ、飽きは出てこない |
| 数週間後 | 飽き。見飽きたか、見飽きないか | 初日に感じた新しさは、もう思い出せない |
初日に高く評価されるものが、二週間後にも高く評価されるとはかぎりません。むしろ、初日にいちばん目を引いた要素が、二週間後にいちばん邪魔になっていることがあります。大きく立てた稜線、強い艶、目立つ加飾。最初は魅力に見えたものが、毎日触るうちに引っかかりに変わる。
逆のパターンもあります。初日には地味で、誰も褒めなかった形が、一か月経っても飽きない。この手の形は、短い評価では絶対に拾えません。そして商品写真では、たいてい派手なほうが強く見えます。写真で勝つ形と、毎日握って勝つ形は、必ずしも同じではありません。私たちが判断を遅らせているのは、この二つを取り違えないためでもあります。
ずれるのは、握った感触だけではありません。見た目もずれます。乗り込んだ瞬間に視界へ入る部品は、日に何度も目に入る。目立つ形は、目立つぶんだけ早く見飽きます。これも、写真を眺めているかぎり気づけない種類の情報です。
初日の新鮮さが、判断を曇らせる
なぜ日常で使うのか。答えは、いま書いた「初日の新鮮さ」を抜くためです。新しさは、それ自体が快さとして感じられます。そして新しさは必ず消えます。消えたあとに何が残るかが、その部品の実力です。
私たちが売っているのは、一日だけ使うものではありません。シフトノブなら、毎日、何十回も握る部品です。だから評価も、毎日握る条件でやらなければ意味がない。展示会のブースで一分間触って良いと感じるかどうかは、判断材料としては弱いのです。
もうひとつ、日常に持ち込む理由があります。条件が勝手に変わってくれることです。雨の日に濡れた手で握る。寒い朝に冷えた金属を握る。夏の昼に日射で温まった状態を握る。荷物を持ったまま片手で操作する。これらは、意図して作ろうとすると手間のかかる条件ですが、通勤していれば勝手にやってきます。
S14 カーボンボーイ(¥5,800)は、こういう日常の中で形が決まった製品のひとつです。素材はカーボンファイバーとアルミニウム合金、色はブラック、重さは155g。カーボンの部分は温度の変わり方が金属と違うので、季節をまたいで使ってみないと分からない部分が多い製品でした。
見ているのは性能ではなく、飽きと違和感が出る場所
日常で使いながら、何を見ているのか。性能ではありません。シフトノブが速くなることはありませんし、私たちも速さを主張していません。
見ているのは、次の二つです。
- 違和感が出る場所。手のどの部分に、どんな条件で、引っ掛かりや当たりを感じるか。一日目には出ず、三日目に出てくることがよくあります。
- 飽きが出るかどうか。乗り込んだときに、視界に入って嬉しいか、もう何も感じないか。二週間から一か月かけて確かめます。
特に大事にしているのが、無意識の動作です。信号待ちからの発進で、意識せずに手を出したとき、狙った場所に指が乗るか。意識して握れば、たいていのノブはうまく握れます。意識しないときに何が起きるかが本番です。
記録の取り方も決めています。初日に感じたことを、その日のうちに短く書き残す。数週間経ったところでもう一度書いて、二つを並べる。これをやらないと、あとの印象が前の印象を上書きしてしまい、どこがずれたのかが分からなくなります。ずれた項目こそが、直すべき場所です。三人分を並べれば、全員が同じ場所を指しているのか、それぞれ別の場所を指しているのかも見えてきます。
全長を変えられるものは、この確認に時間がかかります。S11 サンダルウッドボールエクステンション(黒)(¥7,800)は、アルミニウム合金とサンダルウッド(白檀)の組み合わせで、色は黒、重さは130g。全長はフル装着時130mm、上部パーツ単体で90mmの2段階に変えられます。長さが変わると、手を出す高さが変わり、無意識の動作がずれる。だから両方の状態で、それぞれ日常を通す必要がありました。
三人で回す意味——手も、握り方も、乗る車も違う
三人という人数は、評価の母数としては明らかに少ない。それは自覚しています。ただ、この三人には使いどころがあります。
手の大きさが違います。指の長さも違う。握り方も違って、指でつまむように操作する者もいれば、手のひらを預ける者もいる。そして、乗っている車が違います。レバーの位置も、ストロークの長さも、シートとの距離も、三台とも別です。自分の車の話はカーデザイナーが自分の車に乗るときにも書きました。
三人分のデータが少ないことは事実です。そのかわり、一件一件が濃い。数週間ぶん、毎日の全操作が入っています。百人に一分ずつ握ってもらうのと、三人が一か月使うのとでは、拾えるものが違います。前者では初日の印象しか集まらず、後者では飽きと違和感が集まる。私たちが必要としているのは後者です。
意見が割れたときは、割れたまま扱います。三人のうち一人が引っ掛かると言った場所は、たいてい形の側に原因があります。多数決で押し切ったことは、いままでありません。却下になった試作については没になった試作と三人のデザイナーに書きました。
却下の理由になりやすいこと、そして工程を縮めない理由
却下の理由は、派手なものではありません。圧倒的に多いのが、触れる頻度の高い場所にある、小さな引っ掛かりです。
面のつなぎ目にわずかな段差が残っている。稜線の丸めが、指の当たる位置だけ足りない。ロゴの刻印の縁が、たまたま親指の腹が来る場所にある。どれも、初日には誰も気づきません。三日目あたりから「なんか、ここが」と言い始め、一週間経つ頃には全員が同じ場所を指します。
もうひとつ多いのが、位置の落ち着かなさです。握るたびに手の位置が少しずつずれて、毎回握り直すことになる形。これは疲れます。疲れは、一度の操作では出てきません。長距離を走った日の帰りに、はじめて言葉になります。
反対に、却下の理由になりにくいのは、見た目の好みです。好き嫌いは人によって割れますし、割れて当然なので、そこは判断材料にしません。私たちが却下するのは、好みではなく、使っていて手が困る場所があるときだけです。形の方向性そのものは、最初のスケッチの段階で決めてしまい、日常の検証では触りません。ここを混ぜると、いつまでも終わらなくなります。
ステアリングのように、握っている時間がさらに長い部品では、この確認はいっそう重くなります。W02 ディーピーフォージド(¥48,000)は、直径340mm、素材はドライフォージドカーボン、色はグロスブラック。ボルトパターンは70mm PCD、ラウンドのディープタイプで深さ90mm、重量450g、ホーンボタンが付属します。なお、公道を走る車のステアリング交換は、エアバッグなどの装備に関わるため、保安基準への適合確認が前提になります。判断は運輸支局や専門店にご相談ください。ほかの形はステアリングホイールの一覧にあります。
この工程があるせいで、発売までは確実に遅くなります。試作が上がってから、最低でも数週間は動かせない。直せば、またそこから数週間。それでも縮めない理由は単純で、縮めた分だけ、初日の印象で決めることになるからです。初日の印象で決めた部品は、買った方の手元で、三日目に同じ引っ掛かりを起こします。出荷前の確認については出荷前に見ているところにまとめました。
まとめ——私たちが試作でやっていること
特別なことは何もしていません。順番だけを守っています。
- 削り上がったその日に、自分の車に付けて帰る。工場の中では評価しません。良く感じるに決まっているからです。
- 最低でも数週間、日常で使う。雨、寒さ、暑さ、片手操作といった条件は、通勤していれば勝手にやってきます。
- 初日の評価を記録して、あとで見返す。初日と数週間後で入れ替わった項目こそが、いちばん重要な情報です。
- 無意識の動作を見る。意識せずに手を出したとき、狙った場所に指が乗るか。
- 三人の意見が割れたら、割れたまま扱う。一人が引っ掛かると言った場所は、たいてい形の側に原因があります。
- 触れる頻度の高い場所の小さな引っ掛かりは、必ず直す。ここを見逃すと、買った方の手元で必ず再現します。
- 間に合わせない。発売日は延ばせますが、出したあとの引っ掛かりは直せません。
三人で通勤しながら決めている、と書くと頼りなく聞こえるかもしれません。ただ、毎日触る部品の良し悪しは、毎日触る条件でしか分からないというのが、私たちの実感です。手元に届いたものが、三日目にも、三か月目にも同じように良ければ、この工程は働いたということになります。
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