カーデザイナーは愛車に何をするか|チリ・面・光の職業病とガレージ論

金曜の夜、ガレージの蛍光灯を一本だけ点けて、洗い上げたNDロードスター(ND5RC)の前にしゃがみ込む。フェンダーからドアへ抜けるハイライトが、キャラクターラインの手前で一瞬よどむのを、もう何百回も確かめています。分かっていて、また見てしまう。ボンネットとフェンダーのチリが左右で半ミリ違えば寝つきが悪くなり、他人の車の助手席では無意識にインパネの見切り線を目で追ってしまう。カーデザイナーという仕事を長くやると、愛車は「乗る物」である前に「面と隙間と光の集合体」として見えてしまうのです。今日はその職業病の話と、僕が会社を出て小さなパーツブランドを始めた理由を書きます。
チリ、面の張り、光——閉じられない目
デザインスタジオには、天井に縞状の蛍光灯を並べたハイライトルームという部屋があります。実物大のクレイモデルにあの縞を映して、面の張りを読むための部屋です。縞がすっと流れれば面は健康で、波打てばどこかが痩せている。モデラーがスイープ(定規)を当て、0.2mmだけクレイを盛り、また削る。その繰り返しを何年もやっていると、目の中にゼブラ照明が住み着きます。晴れた日の立体駐車場でも、コンビニのガラスへの映り込みでも、目に入る車の面が勝手に採点されていく。
チリ——パネル同士の隙間と段差——も同じです。あの数字は、デザイナーが「詰めたい」と言い、生産技術が「開けたい」と言い、熱膨張と建付け公差が仲裁に入って決まります。だから量産車のチリには、その会社の設計思想と工場の実力が全部出る。自分の愛車のチリを眺めるとき、僕は当時の会議室の空気まで思い出します。
量産は巨大な妥協で、その妥協はだいたい正しい
誤解のないように書いておくと、量産開発の判断は基本的に正しいのです。原価企画の席では内装部品のコストが1円単位で刻まれますし、樹脂部品の造形は金型の抜き方向に支配されるので、本当はもう少し巻き込みたいアールを諦めることもある。シフトノブ周りの加飾リングが、デザイン検討の途中でメッキから塗装へ、塗装からシボ付き素地へと「格下げ」されていくのを、業界にいた人間なら一度は見ているはずです。カラーマスター(色見本の基準板)と何度照合しても、樹脂とペイントの色味は完全には揃いきらない。成形ロットが変われば、隣り合うパネル同士でわずかに色が振れることもある。それでも何十万台を、雨でも雪でも、十年壊れない品質で誰の手にも届けるのが量産です。あの合理性には、ものづくりとして尊敬しかありません。
ただ、その正しさの外側に「自分の一台にだけ許される判断」が確かに残ります。全ユーザーの平均値ではなく、自分の手の大きさ、自分がよく走る道、自分のガレージの照明に合わせた判断。カーデザイナーの愛車いじりは、ここから始まります。
デザイナーは「視点」より「触点」から手を入れる
同業者のガレージを覗くと、外装は拍子抜けするほどノーマルのままが多い。量産の外装はあれで完成された解だと知っているので、下手に足すと全体が崩れることが分かってしまうのです。代わりに徹底的にやるのが、運転中に体が触れ続ける部品——触点です。走行中、目は路面を見ていて自分の車の外装は見えません。でも手は、ずっとステアリングとシフトノブの上にある。
| 触点 | 運転中の接触 | 効いてくる要素 |
|---|---|---|
| ステアリング | ほぼ常時 | 径・断面形状・素材の熱の伝わり方 |
| シフトノブ | MT車なら数秒おき | 重量(慣性)・球径・表面の温度感 |
| ペダル・レバー類 | 断続的 | ストローク量と剛性感 |
ステアリングなら、まず握りの断面です。図面上の真円は、実際に握ると親指の付け根が余ります。人の手は真円を握るようにできていないので、良いリムはわずかに潰した断面や、指の掛かる裏側の形状で成立している。そして素材の熱容量。真夏の炎天下に停めた後、握れる温度に戻るまでの時間も、冬の朝に指先へ刺さる冷たさの角も、革巻きとウレタンとカーボンと木では全部違います。カタログの写真には写らないけれど、毎日手のひらが覚えていく部分です。
たとえばシフトノブの重量。ノブが重いほどレバー系の慣性が増えるので、ゲートの終端で「吸い込まれる」ような節度感が出ます。軽ければ手首だけで弾くような軽快さが出る。物理としてはそれだけの話ですが、正解は車と好みで変わる。だからうちでは、CNCアルミ削り出し120gのS02 タートルネックボールと、225gのS22 タワーブラックのように、重量の選択肢を並べて作っています。GR86やBRZ、シビックのMTに載せ替えるだけで、同じトランスミッションの印象がはっきり変わります。
会社を出て、パーツブランドを始めた理由
Plus Alpha Designsを始めたのは、量産では通らない判断を、自分の責任でやってみたかったからです。少量ロットのCNC削り出し。工具なしで付け替えられるネジアダプターの同梱。そして素材を、それらしく飾らず等身大のまま使うこと。W03 Dman ドライカーボンマットステアリングは320mmのDシェイプで重量500g。樹脂をあらかじめ含浸させたプリプレグを窯(オートクレーブ)で加圧焼成するドライカーボンだから届く軽さです。カーボンを厚いクリアの艶で覆わずマットのまま仕上げたのは、直射日光の入る車内でも織り目がハイライトを細かく散らし、面が破綻して見えないからです。ナンバープレート用チタンボルトのブルーも、塗装ではありません。陽極酸化——電気分解でチタン表面に薄い酸化皮膜を成長させ、その膜厚による光の干渉で発色させる処理です。色が「塗ってある」のではなく「構造で発色している」。こういう説明を堂々と書けるのは、設計した本人が売っている小さなブランドの特権だと思っています。
屋号にプラスアルファと付けたのは、量産という正しい100点に、オーナー自身の+αを足すための道具を作りたいからです。僕にとってガレージは、いちばん小さなデザインスタジオです。CADのゼブラ解析ではなく、夕方の斜光と自分の手のひらで面を検証する場所。週末にそこへ通う人たちと、同じ言葉で話せるブランドでありたいと思っています。
ついでに、うちのガレージの決まりごとを三つだけ書いておきます。スタジオ時代の癖がそのまま残っているものです。
- 照明は足す前に一本消す。面の破綻もパーツの立体感も、全方向から照らすと消えてしまいます。斜めから一本。クレイを読むときと同じです。
- 付けたパーツは100km走るまで評価しない。触点の良し悪しは第一印象ではなく、意識しなくなった頃に手が下す判定がすべてだからです。
- 外すのもカスタムだと考える。足した結果ノイズになったものは潔く戻す。量産車の完成度に敬意を払うなら、引き算の判断こそ腕の見せどころです。
よくある質問
シフトノブの重さはどう選べばいいですか?
軽量な120g前後は手首で操れる軽快さ、225gクラスは慣性を活かした節度感が持ち味です。渋滞の多い街乗り中心なら軽め、ロングドライブや高速主体なら重めが疲れにくい傾向があります。迷う場合は、全長を130mm/90mmの2段階で変えられるS10 サンダルウッドボールエクステンションのようなモジュラー構造なら、握る高さごと試せます。
社外ステアリングへの交換は車検に通りますか?
外径や取付状態が保安基準に適合し、ホーンが正常に作動する状態であれば継続検査に通るのが一般的です。ただしエアバッグ装備車は扱いが異なる場合があり、最終的な判断は検査場や検査員によります。交換前に、車両の年式・装備と合わせて確認しておくことをおすすめします。
陽極酸化のチタンボルトの色は褪せませんか?
塗膜と違って酸化皮膜そのものが発色しているため、剥がれて下地が出るという劣化はしにくい構造です。ただし強い摩耗や酸・アルカリ性の薬剤で皮膜が痩せると色味が変わることはあります。洗車時は中性洗剤で洗う程度に留めるのが無難です。
シフトノブはシフトノブのコレクションに、ステアリング関連はステアリングのコレクションにまとめています。Journalでは今後も、量産開発の内側から見たカスタムの話を書いていくつもりです。ガレージの照明を一本だけ点けて、読んでもらえたら嬉しいです。
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