ボスを替えたら、ステアリングが近くなった・遠くなった|厚みという見落とされる寸法

ステアリングを交換した翌日、シートには指一本触れていないのに、運転の姿勢が違います。肘の曲がり方が浅い。背中をシートに預けたまま切ろうとすると、腕が伸びきる手前で止まる。あるいは逆に、リムが近すぎて、膝との間が窮屈になっている。座面もリクライニングも前のままなのに、体だけが別の車に乗っているような感じがします。
径が変わったせいだろう、と多くの方が考えます。たしかに径は変わっている。けれど、径が小さくなったなら手は中心に寄るはずで、遠くなる説明にはなりません。数字が合わないまま、なんとなくシートを一段前に出して、今度はペダルが近すぎる——この行ったり来たりは、原因を一つだと思い込んでいるうちは終わりません。
この記事では、ステアリングの位置を決めている寸法を分解して、足し算の式にします。ボスの厚み、皿の深さ、そして基準になる純正の形。式にしてしまえば、交換する前に「何mm手前に来るか」を自分で予測できます。予測できれば、買う前に選び直せます。
位置を決めているのは、3つの寸法
ステアリングのリム(握る輪)が空間のどこに来るかは、次の3つで決まります。
| 寸法 | 何を決めるか | 効く方向 |
|---|---|---|
| ボスの厚み(奥行き) | 取り付け面が何mm手前に出るか | 前後(運転者に近づく) |
| ステアリングの皿の深さ | 取り付け面からリムまでの落差 | 前後(運転者に近づく) |
| リムの径 | 中心から握る位置までの距離 | 上下・左右 |
径だけが語られやすいのは、商品名に数字が入っているからです。340mm、320mmと書いてあれば、そこが違いだと思う。ところが径が効くのは上下と左右で、前後には効きません。340mmを320mmに替えると、リムの上端は10mm下がり、9時と3時の位置は10mmずつ中心へ寄りますが、体との距離は変わらないのです。
前後を決めているのは、残りの二つ、つまり厚みと深さです。そしてこの二つは、商品ページの目立つ場所には書かれていないことが多い。だから見落とされます。
径が変わると、上下と左右に効く
径の効き方も整理しておきます。340mmを320mmに替えると、直径で20mm、半径で10mm小さくなります。12時の位置は10mm下がるので、メーターの見え方が変わる。9時と3時は10mmずつ中心へ寄るので、肘の開き方が少し狭くなる。下端も10mm上がるため、太ももとの隙間は広がり、乗り降りは楽になります。前後には効かないけれど、体との関係は確実に動くということです。
もう一つ、径が小さくなると同じ角度を切るのに必要な力は増えます。止まったままの据え切りが重くなるのはこのためで、位置の話とは別に、選ぶときに織り込んでおきたい性質です。
ゼロ基準は「取り付け面」ではなく「純正のリム位置」
ここが、計算を狂わせる最大の落とし穴です。
多くの方は、頭の中でこう考えています。「純正の位置がゼロ。そこにボスの厚みと皿の深さが足される。だから必ず手前に来る」。ところが実際には、純正ステアリングにも皿がある。純正の多くは、取り付け面がずっと奥にあって、リムだけが運転者側に張り出した形をしています。エアバッグを収める空間が要るので、中心が厚く、深い皿になっているわけです。
つまり、純正を外した時点で、リムはいったん奥へ引っ込む。そこからボスの厚みと社外ステアリングの皿の深さを足して、ようやく元の位置に戻ってくる。ゼロ基準は取り付け面ではなく、純正のリムがあった場所です。この一段を忘れると、「深い皿を選んだのに、思ったより手前に来ない」という食い違いが生まれます。
式にすると、こうなります。
手が来る位置の差(+が手前)= ボスの厚み + 社外ステアリングの皿の深さ - 純正ステアリングの皿の深さ
3つの値が近ければ、位置はほとんど変わりません。社外の皿が純正より浅ければ、ボスの厚みぶんを差し引いても遠くなることがあります。「フラットタイプにしたら遠くなった」という声の正体は、たいていこれです。
足し算を、実際の製品に当てはめてみる
当店のステアリングは、形ごとに皿の深さの性格がはっきり分かれています。
ディープタイプの代表がW01 ディーピー(¥48,000)。340mm径、ドライカーボン、グロスブラック、深さ90mmのラウンド/ディープタイプで、重量450g、ボルトパターンは70mm PCDです。90mmという数字が、そのまま式の「社外ステアリングの皿の深さ」に入ります。
対してW03 Dマン(¥48,000)は、320mm径、マットブラック、ドライカーボン、重量500gのD型/フラットタイプ。フラットなので皿の落差はほとんどありません。同じボスに付けたとき、W01とW03では、W01の深さ90mmぶんに近い差が手の位置に出ることになります。9cmです。指先ではなく、腕の伸び方が変わる量だと思ってください。
ここで大事なのは、どちらが良いかではありません。同じ「交換」でも、選ぶ形によって位置の変化量がまったく違うということです。ディープを選ぶなら手前に来ることを織り込んで選び、フラットを選ぶなら純正より奥に行く可能性を織り込む。形の一覧はステアリングホイールでご覧いただけます。深いほうへ振ったときの体感はステアリングが遠い・近いとディープコーンにも書きました。
式のもう一つの項、ボスの厚みも忘れないでください。P17 ステアリングボス(GT86 / BRZ用)PCD 70mm(¥9,800)は、トヨタGT86/スバルBRZ専用に設計したビレットアルミ製で、航空機グレードのアルミをCNCで削り出しています。オフセットはドライビングポジションを考えて設定していますが、それでも厚みはゼロではありません。ボス側の寸法はパフォーマンスの製品ページと、車種ごとの適合表で確認してください。PCDと穴の測り方はボスとPCDが分からないにまとめています。
クイックリリースを挟むと、厚みがもう一段積み上がる
クイックリリース(工具なしでステアリングを着脱できる部品)を使う場合、式に項が一つ増えます。
ボスの厚み + クイックリリースの厚み + 社外の皿の深さ - 純正の皿の深さ
クイックリリースは上下2枚の噛み合わせで成り立っているので、その合計ぶんだけ確実に手前へ出ます。ディープタイプと組み合わせると、積み上げが二重になります。「ディープにしてクイックリリースも入れたら、膝に当たるようになった」というのは、足し算をせずに両方を選んだ結果です。
逆に、この積み上げを味方につける使い方もあります。純正の皿がとても深い車で、フラットタイプを選びたい場合。フラットだけでは遠くなりすぎるところを、クイックリリースの厚みで埋め戻す、という考え方です。部品を足す理由が「便利だから」だけでなく「寸法を合わせるため」にもなる、ということです。
ただし、積み上げが増えるほど、リムより奥にある操作系は相対的に遠くなります。ウインカーとワイパーのレバー、そしてメーターの上端。手前に寄せたことの代償は、たいていこの2か所に出ます。指を伸ばしてレバーに届くか、速度計の針が隠れないか。どちらも停まったまま、座って手を伸ばすだけで確かめられます。走り出す前に見てください。
近くなった・遠くなったを、どこで吸収するか
すでに交換してしまって、位置が合わない。このときの調整先には順番があります。
- チルト(上下)とテレスコピック(前後)。装備されているなら、まずここです。運転席の他の要素を一つも動かさずに済みます。交換後にチルトの効き方が変わって感じる理由はチルトとテレスコピックに書きました。
- シートの背もたれの角度。座面の前後を動かすとペダルとの関係が変わりますが、背もたれだけなら足の位置は保てます。上体を起こすと、手はリムに近づきます。
- ステアリング側を選び直す。フラットとディープの差が90mmある以上、部品を替えるのがいちばん確実な調整です。
- 座面の前後。最後です。ペダルまでの距離が変わり、踏み替えの動作そのものが変わります。
順番の理屈は単純で、足まわりの関係を最後まで壊さないということです。ペダルは、体で覚えている位置が最も強い場所です。ステアリングの位置を数cm直すために、ペダルの位置を動かすのは割に合いません。
では、どのくらいの位置なら合っているのか。私たちが室内の寸法を検討するときは、数値ではなく姿勢で見ます。シートに背中を預けたまま9時と3時を握って肘に軽く曲がりが残ること、そして片手を12時まで持っていっても肩が背もたれから浮かないこと。この2点です。数値で決めない理由は、体格によって答えが動くからで、逆に言えばこの2点さえ保てていれば寸法は合っています。交換後にどちらかが崩れているなら、位置が変わったと考えて間違いありません。
机の上で、位置を先に確かめる
買う前に体感で確かめたい、という場合の方法もあります。A08 ステアリング ハブマウント(¥3,200)は、取り外したステアリングホイールを任意の位置に取り付けるためのハブです。幅側のM6ボルトで本体を固定することで、好きな場所に後付けでステアリングを取り付けられます。ミスミ製アルミフレームに取り付けるための専用アダプターが付属し、ゲーミング用ステアリングホイールも固定できます。WORKS BELLおよびNRGのクイックリリースステアリングハブと互換性があります。
アルミフレームで簡単な台を組んで、椅子との距離を実車の寸法に合わせれば、手前に何mm出るとどう感じるかを机の上で試せます。数字だけでは決めきれないときに、体で一度確かめておくと迷いが減ります。
買う前に測っておきたい2か所
ここまでの式を使うには、自分の車の値が要ります。測るのは2か所だけです。
1か所目:純正ステアリングの皿の深さ。ステアリングのリムの上に、まっすぐな定規や板を渡します。その定規の下面から、中心のパッド面(エアバッグのカバー面ではなく、外したときに現れる取り付け面が理想ですが、外す前ならパッド面で構いません)までの距離を測ります。純正の皿がどれだけ深いかの目安になります。エアバッグ付きの車では外さずに、パッド面までの値を記録しておいてください。
2か所目:今の、体からリムまでの距離。いつもの運転姿勢で座り、背もたれに背中を付けた状態から、リムの手前側の面までを水平に測ります。メジャーを助手席側から水平に渡すと測りやすい。この値が、交換前後を比べる唯一の共通の物差しになります。
| 測る場所 | 使い道 | 測るタイミング |
|---|---|---|
| 純正の皿の深さ | 式の引き算の項になる | 交換前 |
| 背もたれからリムまで | 交換前後の比較の基準 | 交換前と交換後 |
| ボスの厚み | 式の足し算の項になる | 製品ページで確認 |
| 社外の皿の深さ | 式の足し算の項になる | 製品ページで確認 |
エアバッグが内蔵されている純正ステアリングの脱着は、火工品の取り扱いを含みます。測定のためだけに外すことはせず、作業は取り扱いに慣れた専門店にご相談ください。
まとめ:位置は、足し算で予測できる
ステアリングの位置は感覚の産物ではなく、寸法の積み上げです。買う前に、この順で考えてください。
- 前後の位置を決めているのは、ボスの厚みと皿の深さ。径は上下と左右にしか効かない
- ゼロ基準は取り付け面ではなく、純正のリムがあった場所。純正にも皿がある
- 手が来る位置の差=ボスの厚み+社外の皿の深さ-純正の皿の深さ
- フラットとディープでは、当店の製品でも90mm近い差が出る
- クイックリリースを挟むなら、その厚みも足し算に入れる
- 合わなかったときの調整は、チルト・テレスコピック→背もたれ→部品の選び直し→座面の順に
- 交換前に、純正の皿の深さと、背もたれからリムまでの距離を測って記録する
私たちが図面を引くときも、やっていることは同じです。基準面を決めて、そこからの差を積み上げていく。感覚で決めているように見える部分ほど、実際には数字が先にあります。買う前の10分の測定が、届いてからの一週間の違和感を消してくれます。
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