1本のシフトノブができるまで|手描きスケッチからCNC削り出しまでの設計者の工程

打ち合わせの帰り、電車の中でノートの端に丸を描いていました。上が少し平らで、くびれが浅い。隣にもう一つ、くびれを深くしたもの。その隣に、上を尖らせたもの。三つ並べて眺めて、真ん中を丸で囲む。シフトノブの新しい形は、たいていこういう落書きから始まります。量産車の仕事をしていた頃と、独立して自分たちの部品を作るようになった今とで、ここだけは変わっていません。
一方で、ネットで「CNC削り出し」と書かれた商品を見て、それが何を意味するのか分からない人も多いと思います。削り出しと書いてあれば良い物なのか。鋳造や樹脂成形と何が違うのか。角が立っているとか、質感が違うとか言われても、どの工程がその違いを生んでいるのかは、作っている側が説明しないと伝わりません。
この記事では、当店のシフトノブが1本できるまでの工程を、設計者の順序で追います。スケッチが形になるまで、紙と粘土と3Dの往復、CNC削り出しとは何かの一言の言い換えと鋳造・成形との違い、なぜ削り出しだと角の立ち方が違うのか、本体ネジをM18×P1.5に統一してアダプターで受ける設計の理由、そしてアルマイトと研磨という仕上げの話まで。読み終える頃には、商品ページの「削り出し」という言葉の裏側が見えているはずです。
最初はノートの端の落書き——スケッチが形になるまで
シフトノブのスケッチは、車のスケッチと比べると地味です。線は数本しかなく、大きさは実物大で描けます。それでも、この段階で決まっていることは多い。上面が平らか丸いか。くびれがどこにあるか。手のひらのどこが最初に触れるか。線の数が少ないぶん、一本の線の位置が全体を決めます。
量産車の内装設計では、シフトノブは「握る部品」であると同時に「見える部品」でした。センターコンソールの中で最も高い位置にあり、運転席と助手席の両方から見える。だから形の議論は、握り心地と見え方の両方で進みます。その制約の中で純正のノブが無難な形に落ち着く事情は、なぜ純正シフトノブは無難なのかの記事に書きました。独立した今は、その制約のいくつかを外せます。外せるからこそ、何を残すかを自分で決めないといけない。スケッチの段階で最も時間を使うのは、実は線を引くことではなく、線を消すことです。
ノートの端の三つの丸から一つを選んだら、次は縦横の比率を変えたものを数枚描きます。同じ形でも、高さが数ミリ違うだけで「握る」から「つまむ」に印象が変わる。この数枚を並べて、翌朝もう一度見る。翌朝も良いと思えた線だけが、次の工程へ進みます。
手で握って決める:紙・粘土・3Dの往復
スケッチの次は、必ず手で握ります。画面の中でどれだけ美しくても、握った瞬間に違うと分かる形は多い。順序は、紙、粘土、3D、そしてまた粘土です。
- 紙。スケッチを実物大で印刷し、切り抜いてレバーの先端に当てる。高さと幅の当たりを見るだけですが、コンソールとの関係がこの段階で分かります。
- 粘土。工業用の粘土で実物大の塊を作り、削って握る。ここで決めるのは、くびれの深さと、手のひらが最初に当たる面の丸みです。何度も握って、指が自然に置かれる位置を探す。
- 3D。粘土で決まった形を3Dデータに起こす。ここで初めて、左右対称や、断面の連続性が確かめられます。粘土では気付かない面のうねりが、画面のハイライトで見えてくる。
- また粘土、または試作。3Dで整えた形を再び手に戻す。データ上で綺麗になった面が、握ると角が当たる、ということは珍しくありません。
この往復を何度やるかは形によります。ボール型のように単純な形ほど、逆に往復が増えます。逃げ場がないからです。S26 コブノブ(¥5,800)は、手のひらに自然と収まる独特のフォルムを狙ったモデルで、素材はアルミ合金、色はシルバー、重さは150g。この形は、粘土の段階で「握る」と「置く」の両方で試して、置いたときに手のひらの中心が乗る位置に頂点を寄せたものです。
CNC削り出しとは何か——鋳造・成形との違いと、角の立ち方
一言で言えば「棒から削って形を出す」
CNC削り出しを一言で言い換えると、「一本の金属の棒から、要らない部分を刃物で削り取って形を出す方法」です。CNCは、刃物の動きをコンピューターの数値で制御する仕組みのことで、3Dデータの形をそのまま刃物の軌跡に変換します。人の手で削るのではなく、データ通りに機械が削る。だから同じ形を何本作っても、寸法が揃います。
対して鋳造は、溶かした金属を型に流し込んで固める方法。樹脂成形は、溶かした樹脂を金型に押し込んで冷やす方法です。どちらも「型」を作る費用が最初にかかりますが、型ができれば一個あたりは安く、速く作れます。量産車の部品の大半がこの方式なのは、そのためです。
| 作り方 | 形の出し方 | 向いている数量 | 形の制約 |
|---|---|---|---|
| CNC削り出し | 棒から刃物で削り取る | 少量から | 刃物が届く形なら自由。内側の角は刃物の丸みが残る |
| 鋳造 | 溶かした金属を型に流す | 中量から大量 | 型から抜くための傾き(抜き勾配)と、型の合わせ目が要る |
| 樹脂成形 | 溶かした樹脂を金型に押し込む | 大量 | 抜き勾配、合わせ目、樹脂を流し込む口の跡が残る |
なぜ削り出しだと角の立ち方が違うのか
型を使う方法には、共通の制約があります。固まった部品を型から抜くために、面に「抜き勾配」と呼ばれるわずかな傾きを付けなければならないこと。型は二つ以上に分かれるので、その合わせ目(パーティングライン)が部品の表面に線として残ること。量産の内装設計では、この線をどこへ逃がすかで一日議論することもありました。
削り出しには、この制約がありません。型から抜く必要がないので、面は垂直でもよく、合わせ目もない。稜線(面と面が出会う線)は、刃物が通った通りに立ちます。商品写真で「角が立っている」と感じるのは、この差です。上面が平らなS20 フラットトップ(¥5,800)は、平らな面と側面が出会う稜線をはっきり残した形で、素材はアルミ合金、色はブラック、重さは185g。型で作るなら、この稜線には必ず抜き勾配か丸みが要ります。削り出しだから、線として残せる。
もう一つ、素材そのものの違いがあります。鋳造は溶かして固めるので、内部に小さな空洞(巣)が入ることがあり、削り出しは均質な棒材から削るので、中まで密度が揃っています。手に持ったときの「詰まった感じ」は、この密度の均一さから来ています。ただし、削り出しにも制約はあります。内側の角には刃物の先端の丸みが残るので、完全に直角の内隅は作れません。設計の段階で、その丸みを見越した形にしておく必要があります。
本体ネジをM18×P1.5に統一しアダプターで受ける設計の理由
当店のシフトノブは、本体のネジがすべてM18×P1.5です。シフトレバーのネジは車によって違うのに、なぜノブ側を一つに統一しているのか。これは削り出しで作るからこそ選べた設計です。
レバー側のネジ径は、メーカーでは決まりません。同じ車種でも型式・年式・ミッションで変わり、当店で確定していると言えるのはマツダ車のM12×P1.25だけです。もしノブ本体にレバーのネジを直接切るなら、径ごとに別のノブを作り、在庫を持ち、注文のたびに型式を確かめることになります。しかも、間違えたら取り付けられない。
そこで、ノブ本体のネジを大きめのM18×P1.5に統一し、レバーのネジ径に合わせたアダプターを差し込んで受ける方式にしました。アダプターはM8×P1.25/M10×P1.25/M10×P1.50/M12×P1.25の4種類が付属し、差し込むだけで取り付けられ、工具は要りません。車を乗り換えても、アダプターを替えればノブはそのまま使えます。
M18という大きめのネジを本体に切れるのは、本体がアルミの無垢材だからです。細いネジ穴を切ると、ノブの形を作る肉が薄くなり、削り出しの利点である密度が生きません。太いネジで受けて、形の肉を確保する。S18 ズミノブ(¥5,800)のように無駄を削ぎ落としたスリムなフォルムでも、素材はアルミ合金、色はシルバー、重さは165g。細く見えて重さがあるのは、中まで詰まっているからです。ネジ径を確かめる手順は、純正ノブを外してレバー側の外径を測る(M8≒8mm/M10≒10mm/M12≒12mm)、これだけです。
表面処理で仕上がりが決まる:アルマイトと研磨
削り終わった直後のアルミは、刃物の跡が細かく残った、少し曇った銀色です。ここからの仕上げで、商品写真の質感が決まります。
まず研磨。刃物の跡を落として面を整えます。どこまで磨くかは形によって変えていて、稜線を立てたい形は磨きすぎると線が丸くなるので手前で止め、ボール型のように面の連続を見せたい形は、ハイライトが途切れないところまで磨きます。ここは、クレイモデルの面をハイライトで確かめていた頃の目が、そのまま役に立っています。
次にアルマイト。アルミの表面を電気の力で酸化させて、硬い膜に変える処理です。塗装のように上から色を載せるのではなく、表面そのものを変える。色を付ける場合は、この膜の中に染料を染み込ませます。当店のアルミのノブの色は、シルバー・ブラック・チタニウムブルーの3系統で、S02 タートルネックボール シルバー(¥5,800)のようなシルバーは、素材の色をそのまま見せる仕上げです。アルマイトの仕組みと、色が経年でどうなるかは、別の記事で詳しく書きます。
研磨とアルマイトの順序は入れ替えられません。アルマイトの膜は硬いので、その後に磨くと膜ごと削ってしまう。だから、面の仕上がりはアルマイトの前に決め切る必要があります。削り出しの角が立った形は、この最後の工程で線を丸めないためにも、研磨を止める位置の判断が要ります。
よくある質問
削り出しなら、どんな製品でも良い物ですか?
作り方の一つであって、良し悪しを決めるのは形と仕上げです。削り出しは型の制約がないぶん、形の判断がそのまま出ます。角を立てるか丸めるか、どこまで磨くか。その判断の積み重ねを、握って確かめてもらうしかありません。
スケッチから商品になるまで、どのくらいかかりますか?
形によって大きく違うので、数字では答えられません。ボール型のように単純な形ほど、粘土と3Dの往復が増える傾向があります。逃げ場がない形は、決めるのに時間がかかります。
アダプター方式は、ガタが出ませんか?
アダプターはノブ本体のM18×P1.5のネジに合わせて作られており、レバー側のネジ径に合ったものを選べば、差し込むだけで固定できます。取り付け後に緩みを感じたら、一度外して差し直してください。ネジ径の選び間違いが、緩みの原因として最も多いです。
自分の車のネジ径が4種類のどれか分かりません。
純正ノブを外して、レバー側のネジ部分の外径を測ってください。およそ8mmならM8、10mmならM10、12mmならM12です。M10の場合はピッチが1.25と1.50の2種類あるので、純正ノブのネジ穴と見比べます。判断に迷う場合は、車種と型式を添えて問い合わせをいただければ確認します。
まとめ
1本のシフトノブは、次の順で形になります。
- ノートの端のスケッチで、線を引くより線を消す
- 紙・粘土・3D・また粘土、と手と画面を往復して握り心地を決める
- CNC削り出し=棒から刃物で削って形を出す。型が要らないので抜き勾配も合わせ目もなく、角が立つ
- 本体ネジをM18×P1.5に統一し、4種類のアダプターで車ごとのネジ径を受ける
- 研磨で面を決め、アルマイトで表面を硬く変える。順序は入れ替えられない
私たちが自分の車に何を付けているかはカーデザイナーは愛車に何をするかの記事に書きました。商品ページで「削り出し」という言葉を見たら、この記事の工程を思い出してください。シフトノブ一覧に並ぶ形の一つひとつに、消した線の数だけ理由があります。
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