同乗者にハーネスを締めてもらう|初めての人が必ず戸惑う3か所

友人を助手席に乗せる朝。ドアを開けて「どうぞ」と言ったあと、会話が止まります。座った友人が、膝の上に垂れている何本ものストラップを両手で持ったまま固まっている。「これ、どうやるの」。そこから、あなたはシートの脇にしゃがみ込み、身振り手振りで説明を始めることになります。気がつけば10分。出発の予定は、駐車場で崩れます。
自分では毎回やっている動作でも、初めての人にとってハーネスは「見たことのない道具」です。金具の形も、締める順番も、外し方も、日常のシートベルトとは別物。しかも本人は座ったまま、自分の腰まわりが見えない姿勢で作業することになります。運転席から声だけで教えようとすると、たいていうまくいきません。
この記事では、同乗者にハーネスを締めてもらう場面を、説明の順番という一点に絞って整理します。初めての方がつまずく場所は、実はほぼ毎回同じ3か所です。その3か所を先回りして、どこを言葉で伝え、どこを手で示し、どこは自分がやってしまうのかを決めておく。それだけで、駐車場の10分は1分になります。
初めての人にとって、ハーネスは「読めない道具」
まず、相手の側に立ってみます。日常のシートベルトは、引っ張って、差し込む。動作は2つだけで、金具の形も見慣れています。ところがハーネスは、目の前に4本から6本のストラップがあり、それぞれに金具が付いていて、どれをどこへ入れるのかが形から読み取りにくい。
道具のデザインには「アフォーダンス」という言葉があります。難しく言い換える必要はなくて、要は「見ただけで、どう扱えばいいか分かる」という性質のことです。ドアの取っ手が縦棒なら引く、板なら押す。そういう手がかりのことを指します。競技用の拘束装置は、安全性と強度を優先して作られているので、この手がかりが日用品ほど親切ではありません。使う人が事前に知っている前提で設計されているからです。
ですから、同乗者が戸惑うのは、その方の理解が遅いからではありません。道具の側が説明していないだけです。この前提に立つと、あなたの役割がはっきりします。あなたは「説明書の代わり」をするのです。
当店のB03 6点式レーシングハーネス(¥28,000)を例に取ると、素材は耐火高強度ファブリック、色はブラック、ショルダーストラップは上部2インチ(約5.08cm)/肩接触部3インチ(約7.62cm)、ウエストベルトは3インチ(約7.62cm)、サブストラップ(股下)は2インチ(約5.08cm)、ショルダーストラップ全長は150cmです。この幅の広さと本数が、体を支える力の源でありながら、初めての人には「情報量の多さ」として伝わります。
戸惑う場所は毎回同じ3つ
走行会に同乗者を乗せる機会が続くと、つまずく場所が驚くほど共通していることに気づきます。整理すると次の3つです。
| つまずく場所 | 本人に起きていること | あなたがすべきこと |
|---|---|---|
| 差し込む順番 | どのストラップから手を付けるか分からず、手が止まる | 順番を口で言いながら、1本ずつ手渡す |
| ラップ(腰)の位置 | お腹の前で締めてしまい、正しい位置が分からない | 言葉ではなく、自分の腰骨を指で示して見せる |
| 外し方 | 降りるときに慌てる。金具の操作方向が分からない | 締める前に、外し方を先に一度やってもらう |
逆に言えば、この3つさえ押さえておけば、残りは本人が自然にできます。ストラップの長さ調整は、引けば締まるという直感どおりに動くので、説明はほとんど要りません。
もうひとつ、順番について付け加えておきます。人に手順を教えるとき、一度に伝えられるのはせいぜい3つまでです。それ以上を並べると、最初の項目が抜け落ちます。だから説明は「腰、肩、股下」のように塊で渡し、ひとつ終わってから次を言う。座っている本人は自分の手元しか見えていないので、先の話をしても頭に残りません。この「ひとつずつ渡す」やり方は、遠回りに見えて、結局いちばん速く終わります。
そして、説明する側の立ち位置も意外に大事です。運転席から身を乗り出して声だけで伝えると、相手はあなたの手が見えません。面倒でも、いったん車の外へ出て、開いた助手席のドアの脇にしゃがんでください。同じ高さで、同じ向きから見せられる位置です。ここに移動するだけで、伝わる速さが変わります。
なお、具体的な装着手順と金具の操作方法は、お手元の取扱説明書に従ってください。ハーネスは製品ごとに金具の構造が違います。この記事でお伝えするのは、あくまで「何を、どういう順番で伝えるか」という段取りの話です。
先に外し方を教える、という順番の理由
私たちがおすすめしているのは、締める前に、外し方を一度やってもらうという順番です。順番が逆に感じられるかもしれませんが、理由が3つあります。
ひとつ目。外し方は、本人がいちばん不安に思っていることだからです。締められたあとで「これ、どうやって外すんだろう」と考えながら座っているのは、落ち着きません。先に外せることを確認しておけば、その不安が消えます。
ふたつ目。外す動作は、締める動作より単純だからです。単純な動作を先に成功させておくと、そのあとの説明が入りやすくなります。人に何かを教えるときの基本と同じで、最初の一手は易しいほうがいい。
三つ目。これがいちばん大事なのですが、とっさのときに迷わせないためです。何かが起きてから「外し方が分からない」となるのは避けたい。だから、平常時に、自分の手で一度外してもらいます。手が覚えている状態を作っておく。走行会で同乗者を乗せる方には、この一手間を強くおすすめします。
実際の流れとしては、こうなります。座ってもらう。ストラップは締めずに、金具だけを軽く合わせる。その状態で「外してみてください」と伝える。一度外せたら、あらためて本当に締めていく。時間にして、追加で30秒ほどです。
ラップベルトは腰骨。言葉では伝わらないので、触って示す
3つのつまずきのうち、最も伝わりにくいのが腰のベルトの位置です。
ハーネスの腰ベルト(ラップベルト)は、お腹の前ではなく、骨盤の左右の出っ張り、いわゆる腰骨に当たる高さに置くのが基本です。理由は骨格にあります。お腹には骨がありません。柔らかい部分の上でベルトを締めても、力を受け止められない。一方で腰骨は、体の中で最も頑丈な受け皿のひとつです。ここに当てると、体は前へも上へも動きにくくなります。
ところが、これを言葉で伝えるのが本当に難しい。「もっと下」と言えば太ももの上まで下げてしまい、「腰の骨のところ」と言えば背中側を触る方もいます。座った姿勢では、自分の骨盤の位置は見えないのです。
そこで、自分の体で示してください。あなたが自分の腰骨に手を当てて、「ここです」と見せる。人は、言葉より真似のほうが正確に伝わります。そのうえで「そこに手を当ててみてください」と言えば、ほぼ一発で伝わります。量産車の使い勝手を評価するとき、私たちが被験者の動作を横から観察して「どこで手が止まるか」を記録するのも、言葉での説明が届かない場所を見つけるためです。
ちなみに、腰ベルトが上へずれやすいのは4点式の性格でもあります。5本目のサブストラップ(股下)を使うことで、腰ベルトを下向きに押さえる力が生まれます。B02 5点式レーシングハーネス レッド(¥25,000)や先ほどのB03は、この5本目を使用しないことで4点式としても使用できる仕様です。点数ごとの性格の違いは4点式・5点式・6点式ハーネスの違いで整理していますので、同乗者に説明する前にご自身が読んでおくと、質問に答えやすくなります。
肩ベルトの左右差は、締め直すより座り直す
締め終わったあとで「右だけきつい」「左が浮いている」と言われることがあります。ここで多くの方が、きつい側を緩めたり、浮いている側を引いたりして調整しようとします。
ただ、左右差の原因は、たいていベルトの長さではありません。体の位置がシートの中心からずれていることのほうが多いのです。座面の左右どちらかに寄って座っていると、肩ベルトの引かれる角度が左右で変わります。この状態で片側だけ調整すると、体はさらに斜めになります。
ですから、こう伝えてください。「一度全部緩めて、背中をシートにしっかり付けて、座り直してみてください」。この一言で解決することが、経験上とても多い。背もたれに深く座り、腰を奥まで入れてから締め直すと、左右差はほぼ消えます。
手順にすると、次のようになります。
- 肩ベルトを両方とも一度緩める
- お尻を座面の奥まで入れ、背中を背もたれに付ける(このとき、両手でシートの縁を持って体を押し込むとやりやすい)
- 腰のベルトを先に締める。腰骨に当たっていることを確認する
- 肩ベルトを、左右交互に少しずつ締める。片側ずつ一気に締めない
- 締めたあと、肩を前後に軽く動かしてもらい、当たりの違和感がないか聞く
「左右交互に少しずつ」というのは地味ですが効きます。片方を先に締め切ると、体がそちら側へ引かれた状態で固定され、あとから反対側を締めても直りません。締めるという動作は、片側ずつでは対称になりようがない、という単純な理屈です。
締め具合の目安についても、よく聞かれます。ここは数値でお答えできる話ではないのですが、伝え方としては「息が普通にできて、上半身が前に倒せない程度」と言うと、たいていの方が自分で調整できます。走り出す前に一度、両肩を軽く前へ出してもらってください。肩がシートから大きく離れるようなら、まだ緩い。逆に、深く息を吸うのがつらいと言われたら締めすぎです。同乗される方の体格や体調によって適切な範囲は変わりますので、必ず本人に確認しながら決めてください。
降りるときのことと、街乗りでの運用
走り終わってピットに戻り、同乗者が降りようとする場面。ここでもう一度、外し方が問われます。先に一度外してもらっていれば、たいていスムーズです。もし忘れていたら、慌てずに声をかけてください。「金具を先に外して、それからストラップを肩から抜いてください」と、順番を口で言うだけで十分です。
そして、街乗りでの運用について。ここは事前に決めておくべきことです。ハーネスを付けても、純正シートベルトは外さないでください。公道での装備の扱いは保安基準に関わる部分がありますので、走行会や競技で使う装備と、公道での装備の関係は、必ずご自身でご確認ください。当店の商品ページにも「競技用途で使用する場合は各種レギュレーションをご確認ください」と記載しています。この判断を同乗者に委ねると、その方が困ります。乗せる側が先に決めておくべきことです。
バケットシートを入れると、今度は純正ベルトが体の後ろに落ちて手が届きにくくなる、という別の問題が出てきます。この話はバケットシートで純正ベルトが取りづらいにまとめました。純正ベルトの位置を整えて手に取りやすくする道具として、B05 シートベルト ポジションカバー(¥4,800)もあります。素材はレザー、色はブラック、マジックテープ式ストラップにより幅広い車種に対応しサイズ調整が可能で、ベルトによる擦れからシート表皮を守る役目も兼ねます。同乗者が自分でベルトに手を伸ばせる状態を作っておくことは、説明を減らすという意味でも効きます。
説明する側が一度手順を体で覚えてしまえば、この一連は1分もかかりません。装備一式はシートベルトのコレクションからご覧いただけます。
まとめ
同乗者がハーネスで戸惑うのは、道具が説明してくれないからです。あなたが説明書の役をする、と決めてしまえば、話は段取りの問題になります。
助手席に人を乗せる前に、この順番で確認してください。
- お手元の取扱説明書を、自分が先に読み返しておく
- 座ってもらったら、締める前に外し方を一度やってもらう
- ストラップは1本ずつ手渡し、順番を口で言う
- 腰のベルトは、自分の腰骨に手を当てて見せる。言葉だけで伝えようとしない
- 左右差が出たら、片側を直すのではなく全部緩めて座り直してもらう
- 肩ベルトは左右交互に少しずつ締める
- 降りる場面の段取りも、あらかじめ一言伝えておく
- 公道での装備の扱いと走行会の規定は、乗せる側が事前に確認しておく
助手席に人を乗せるというのは、その方の時間と体を預かるということでもあります。段取りが整っていると、その気配は必ず伝わります。装備の説明は、走り出す前の一番いい前置きになります。
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